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東京高等裁判所 平成8年(行コ)160号 判決 1998年4月28日

東京都新宿区高田馬場二丁目一四番一一号

控訴人

日拓デベロップメント株式会社

(以下「控訴会社」という。)

右代表者代表取締役

西村光子

東京都世田谷区深沢六丁目二二番一九号

控訴人

西村昭孝

(以下「控訴人昭孝」という。)

右両名訴訟代理人弁護士

荒竹純一

木下直樹

松村昌人

東京都新宿区北新宿一丁目一九番三号

被控訴人

新宿税務署長 河合義男

東京都世田谷区玉川二丁目一番七号

被控訴人

玉川税務署長 大久保泰弘

右両名訴訟代理人弁護士

高田敏明

右両名指定代理人

中垣内健治

堀久司

大野武治

佐伯泰志

主文

控訴人らの本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一申立て

一  控訴人ら

1  原判決中、控訴人ら敗訴の部分を取り消す。

2  被控訴人玉川税務署長が控訴人昭孝に対して平成三年三月二九日付でした昭和六二年分及び平成元年分の所得税に係る各更正のうち、それぞれ総所得金額五五四〇万五〇〇〇円を超える部分を取り消す。

3  被控訴人新宿税務署長が控訴会社に対して平成二年七月三一日付でした昭和六二年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度の法人税に係る更正のうち、所得金額二三億二〇六三万八一三〇円、納付すべき税額九億六八〇五万〇七〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定のうち、九万二〇〇〇円を超える部分を取り消す。

4  被控訴人新宿税務署長が控訴会社に対して平成二年七月三一日付でした昭和六三年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度の法人税に係る更正のうち、所得金額一〇億八一二八万五四五六円、納付すべき税額四億五九〇三万二三〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定のうち、一〇一万五〇〇〇円を超える部分を取り消す。

5  訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人らの負担とする。

二  被控訴人ら

主文同旨

第二事案の概要

一  本件は、控訴会社が、同社の代表取締役であった控訴人昭孝の就学中の未成年の子女で、同社の取締役ないし監査役として選任されていた西村拓郎、西村道夫及び西村亜紀子(原判決にいう拓郎ら。以上同じ。)に対して支払ったという役員報酬(原判決にいう本件原告会社役員報酬。以下、原判決を引用する場合を除き、「本件報酬」という。)を損金に算入して法人税の申告をしたことを契機として行われた控訴会社の法人税の申告に対する被控訴人新宿税務署長の更正及び過少申告加算税賦課決定、控訴人昭孝の所得税の申告に対する被控訴人玉川税務署長の更正の当否をめぐって争われている事案であって、控訴人らが被控訴人らに対して取消しを求めている法人税に係る更正及び過少申告加算税賦課決定、所得税に係る更正は、次のとおりである。

1  控訴会社について

昭和六二年及び昭和六三年の各事業年度の法人税に係る更正及び過小申告加算税賦課決定

2  控訴人昭孝について

昭和六二年分、昭和六三年分及び平成元年分の各所得税に係る更正

二  前提となる事実関係

本訴請求に対する判断の前提となる事実関係は、原判決の摘示する「当事者間に争いのない事実等」(原判決七頁二行目から二二頁九行目まで)のとおりであって、当事者間に争いがないか、あるいは、原判決の挙示する証拠によって容易に認定することができ、この認定を妨げる証拠はない。

三  本件訴訟における争点

本件訴訟における争点は、第一に、控訴人昭孝について昭和六二年分及び平成元年分の各所得税の更正(原判決にいう本件各減額更正)の取消しを求める同控訴人の訴えの利益の有無、第二に、控訴会社について六二事業年度及び六三事業年度の法人税に係る更正及び過少申告加算税賦課決定(原判決にいう本件法人税処分)の適法性であるところ、この点に関する当事者双方の原審における主張は、原判決の摘示する「争点に関する当事者の主張」(原判決二二頁一〇行目から四七頁二行目まで)のとおりであるから、これを引用する。なお、原審においては、控訴人昭孝について昭和六三年分の所得税の更正及び過少申告加算税賦課決定(原判決にいう六三年所得税処分)の適法性も争点となっていたが、原判決中、当該処分の取消しを求める控訴人昭孝の請求を認容した部分に対して被控訴人玉川税務署長から控訴の申立てはなく、この点は、当審における審判の対象となっていない。

原判決は、第一の争点については、控訴人昭孝の訴えの利益を否定して、本件各減額更正の取消しを求める同控訴人の訴えを却下し、第二の争点については、本件法人税処分は適法であると判断して、同処分の取消しを求める控訴会社の請求を棄却した。

そこで、控訴人らは、原判決を不服とし、他方、被控訴人らは、控訴人の主張に反駁して、概略、次のとおり主張している。

1  本件各減額更正の取消しを求める訴えの利益の有無

(控訴人昭孝の主張)

(一) 源泉徴収による納税は、所得税の納税手続を簡略化して徴税費を節約し、徴税の時期を早めるために考案されたものであって、所得徴税の便宜のための制度にすぎず、具体的な給与等の支払がされる場合において、当該給与等が法律上源泉徴収の対象とならないか、徴収、納付すべき税額がいくらであるかということが客観的に明らかであって争う余地のないことが前提となっているところ、本件のように納付すべき税額に争いが生じている場合には、納付税額が特別の手続を要しないで確定するという現行源泉徴収制度の建前に乗ることができないから、このような場合には、源泉徴収制度の前提が失われ、所得税納付の本来の確定手続である確定申告、更正決定、更に通常の争訟手続による清算、調整をするほかはない。

(二) 原判決は、源泉徴収税の納税義務と申告所得税の納税義務との別個性を理由として控訴人昭孝の訴えの利益を否定するが、本件は、納付すべき税額に争いが生じていることにより源泉徴収制度の前提が失われている場合であるから、訴訟等による本来的な解決が認められるべきであって、控訴人昭孝の訴えの利益を否定した原判決の判断は誤っている。

(被控訴人玉川税務署長の主張)

(一) 控訴人昭孝は、納付すべき税額に争いが生じていることにより源泉徴収制度の前提が失われている場合においては、更正に係る納付所得税額が申告所得税額を下回るときも、訴訟等による本来的な解決が図られるべきであると主張するが、源泉徴収による所得税と申告所得税とは全く異なるものであって、申告により納付すべき税額の計算に当たり、源泉所得税の徴収、納付における過不足の清算を行うことは、所得税法の予定するところではない。計算上の源泉所得税が過大であった場合に、納税者は、この源泉所得税に拘束されるものではなく、支払義務者に対して正当な源泉所得税額を主張することができ、また、課税庁が源泉所得税を過少に見積もったことなどによって更正に係る納付所得税額が正当額を上回るときは、更正に係る納付所得税額と正当額との差額についてその取消しを求め得るが、更正に係る納付所得税額が申告所得税額を下回るときは、納税者が当該更正の取消しを求め得るものではないのである。

(二) 本件各減額更正の取消しを求める訴えの利益の有無は、原判決も判示するとおり、結局、当該更正の公定力が、納付所得税額についてのみ生じるのか、算出所得税額及び計算上の源泉所得税額についても生じるのかによって決せられるべきところ、その公定力は、納付所得税額についてのみ生じ、源泉所得税額については生じないのであるから、控訴人昭孝には、本件各減額更正の取消しを求める訴えの利益がない。

2  本件法人税処分の適法性

(控訴会社の主張)

(一) 本件更正理由の適否について

(1) 理由附記の程度

本件法人税処分は、本件更正理由に、拓郎らに対する本件報酬は、実質的に控訴人昭孝の報酬と認められると記載されているように、本件報酬の支払先に係る帳簿記載を否認するものにほかならず、この点は、本件と同様に拓郎らに対する報酬が控訴人昭孝の報酬と認められるか否かが争われた別件訴訟において、東京地裁平成五年三月二六日判決(行裁例集四四巻三号二七四頁)が帳簿否認である旨を明確に判示していることからも明らかである。そして、帳簿否認の場合においては、更正通知書に記載すべき理由は、単に更正に係る勘定科目とその金額とを示すだけでなく、更正をした根拠を帳簿以上に信憑力のある資料を摘示することにより具体的に明示することを要するというのが判例(最判昭和六〇年四月二三日民集三九巻三号八五〇頁、最判昭和三八年五月三一日民集一七巻四号六一七頁など)であるところ、本件更正理由には、<1>拓郎らは就学中の未成年者であり、取締役等として控訴会社の経営に参画していないこと、<2>役員報酬の振込口座である拓郎らの普通預金は控訴人昭孝が支配管理していること、<3>取締役会において各人毎の報酬限度額及び当面の支給額を決議しているところ、同決議に係る当面の支給額を法人税法上の支給限度額とみるのが相当であることの三点が記載されているが、控訴会社が原審において主張したとおり、それらの記載から、本件報酬が控訴人昭孝の報酬になるという判断結果を導くことは、論理的に不可能であるから、右判例にいう判断過程に関する合理的な説明がないというべきである。

この点について、原判決は、本件報酬が法律的にみて控訴人昭孝に帰属しているというのではなく、経済的な利益の支配という点で同控訴人が本件報酬による利益を享受しているとしたうえ、附記理由に記載された事実関係が真実であるとすれば、拓郎らの親権者で、控訴会社の代表取締役であった控訴人昭孝が本件報酬による経済的利益を享受していると帰結することは不合理とはいえないとして、本件更正理由の記載が合理的な判断過程を示していると判断しているが、本件法人税処分は、本件報酬の経済的な帰属、あるいは、その利益の享受ということのみを理由とするものではなく、本件報酬が控訴人昭孝の報酬として帰属することを理由とするものであるから、原判決のように、本件報酬に係る利益の帰属主体を論じるだけでは不十分で、その帰属名目についても論じなければならないところ、原判決は、本件報酬の帰属名目に関する判断過程の説明について何らの説明もないまま、本件更正理由をもって合理的な判断過程を示したものと判断している点で、明らかに誤りがある。

原判決は、いわゆる経済的帰属説の立場による帰結として、本件更正理由における判断過程に関する記載を合理的なものであると判示しているが、通説的見解である法律的帰属説によるべきものであって、これによれば、本件報酬を控訴人昭孝に対する報酬と認めるには、控訴人昭孝が拓郎らの預金口座から自己の費用を支出し、また、控訴人昭孝の出納が当該口座を介して行われている等の事実、あるいは、他の事実及び資料をもって、当該口座が拓郎らの名義を用いた控訴人昭孝本人の口座である事実を明らかにする必要があるのに、本件更正理由は、これを明らかにしていないから、理由不備の違法がある。

原判決は、附記された理由の内容自体が不当、違法であると解されたとしても、理由附記に違法があることにならないとも判示しているが、理由附記制度の趣旨を著しく没却することになって、到底是認し得ない見解である。

また、原判決は、本件更正理由の判断過程の摘示の適法性を認めた理由として、ある会社の代表取締役が、生計を一にしている子女を当該会社の役員に選任したうえ、子女の役員報酬として実質的には自ら役員報酬を受領して所得分離を図るということは、一般的な経験則として十分に想定できるということも掲げているが、課税回避行為の存在を経験則として掲げる点において、その判断の過程にも誤りがある。

(2) 反対資料の摘示

本件法人税処分は、帳簿記載を否認する場合であるのに、本件更正理由には、反対資料の摘示がなく、この一事をもってしても、本件法人税処分には、理由附記に関する違法がある。原判決は、本件が帳簿否認ではないとしたうえで、なお本件更正理由に関する事実的基礎については、その根拠となる資料を摘示すべきところ、本件においては、その摘示があると判断しているが、本件更正理由は、その事実的基礎に関する証拠資料の摘示という点においても、不十分である。

(3) 判断過程の記載

本件更正理由には、取締役会において定めた控訴人昭孝に対する報酬の当面の支給額を超えるから、当該超過分は、過大な役員報酬として損金算入は認められない旨の記載があるが、法人税法三四条一項の形式基準を適用したものであるとしても、その適用には誤りがある。すなわち、法人税法施行令六九条二号は、株式会社の役員に対する職務執行の委任者である株主が定めた報酬額を限度額とし、これを超える場合は、職務執行の対価としての性格を失い、単なるお手盛りの給与となることから、損金算入を認めないとした趣旨であって、同号にいう「定款の規定又は株主総会、社員総会若しくはこれらに準ずるものの決議」には「取締役会の決議」は含まれないから、取締役会において定めた当面の支給額を超えることを根拠として法人税法三四条一項の形式基準を適用した点に誤りがある。原判決は、当面の支給額が支給限度額に当たらないとしても、それによって理由附記が直ちに違法となるものと解すべきではないとも判示しているが、処分庁に過度に偏った判断で、これでは理由附記制度の趣旨が没却されることになる。

(4) 附記理由の内容

本件更正理由では、本件報酬が振り込まれた預金口座を控訴人昭孝が支配管理していることも記載しているが、原判決の認定するとおり、当該口座の入金額を控訴人昭孝が自己の財産として運用していた等の事実は認められていないのであるから、附記理由に記載された内容それ自体が違法であるというべきである。

(5) 附記理由の当否

更正の理由附記が適法とされるためには、その理由とされた事実が真実であることが必要であるが、本件更正理由は、いずれも真実ではない事実を理由としている。すなわち、まず、本件更正理由では、本件報酬が実質的に控訴人昭孝の報酬と認められるとしているが、これが誤った認定であることは、原判決の判示するとおりである。次に、本件報酬が支給限度額を超えているという理由も、第一に、本件報酬は、実質的に控訴人昭孝に対する報酬とは認められないので、支給限度を超える余地がないという点で、第二に、仮に本件報酬が控訴人昭孝に帰属したとしても、前記のとおり、法人税法施行令六九条二号にいう支給限度額を超えたことにはならないという点で、二重に誤っている。

(二) 本件更正理由の差替えについて

(1) 差替えの可否

理由附記制度は、被処分者に対して不服申立ての便宜を与えることに主眼があり、被処分者としては、附記理由を手掛かりに提訴の要否などを検討、準備するものであるから、訴訟において、理由の差替えが認められるとすれば、理由附記制度の趣旨を没却することになるため、一般的にいって、理由の差替えは認められるべきではなく、仮に理由の差替えが認められるとしても、本件における理由の差替えは違法である。すなわち、理由の差替えが認められるためには、更正処分における理由附記に瑕疵がなく、更正処分が有効であることを前提とすべきものであるが、本件法人税処分においては、前記のとおり、理由附記それ自体が違法であるところ、最判昭和四七年一二月五日民集二六巻一〇号一七九五頁によれば、理由附記の不備は、当該処分に対する審査、裁決によって治癒されないとされているから、本件においては、本件更正理由の有効性に関する争いが既に司法手統に移行している以上、その不備が治癒される余地はないので、本件更正理由の差替えは認められるべきでない。

(2) 課税要件の異同

本件は、原審において主張したとおり、理由の差替えの前後で、課税要件事実の基本的部分が全く異なる場合である。

被控訴人新宿税務署長は、課税要件事実の基本的部分が共通であると主張するが、差替えの前後で課税要件が共通している部分は、拓郎らが米国の高校又は大学及び日本の中学に就学中の未成年者であり、取締役等として経営に参画していないということのみで、本件法人税処分において課税要件とされていた本件報酬の振込先である拓郎らの預金口座は控訴人昭孝が支配管理しているということ、法人税法上の役員報酬の支給限度額を超えているということは、いずれも課税要件とはなっていないから、両者を比較すれば、課税要件の一部に共通の要件があるにすぎず、課税要件事実の基本的部分は同一であるとはいえない。

そして、このように課税要件の一部に共通の要件があるにすぎない場合にまで課税要件事実が同一であるというならば、更正理由の記載において、事後的な理由の差替えが可能な形での網羅的な記載を一般化してしまい、処分庁の恣意の抑制、被処分者の防御の利益という理由附記制度の趣旨を著しく没却する結果を招来することになるから、このような場合における理由の差替えは許されないというべきである。

(3) 防御権の保障

控訴会社は、本件報酬が控訴人昭孝に対する報酬に当たるとした被控訴人新宿税務署長の判断を不服として本件訴訟を提起したのに、理由の差替えが認められるとすると、拓郎らに対して本件報酬を支払うことが通常人の行為として不合理、かつ、不自然であるか否かという法的評価が争点となり、本件報酬が控訴人昭孝に対する報酬に当たるか否かが判断の対象外となってしまうが、このような理由の差替えが認められるのでは、被処分者に著しい防御上の不利益を与えることは明らかである。

しかも、被控訴人新宿税務署長の主張する差替後の理由は、拓郎らが米国の高校又は大学及び日本の中学に就学中の未成年者であり、取締役等として控訴会社の経営に参画していないという点にあるが、この点は、審査請求においても原審においても、主たる争点になっていない。それは、当事者双方に、本件のような理由の差替えは許されないという認識があったからであって、それにもかかわらず、理由の差替えを認めることは、理由附記制度の趣旨を全く没却せしめることになる。

因みに、法人税法上で本件報酬の損金算入を否認しながら、私法上の効力としては、拓郎らが控訴会社の取締役若しくは監査役に就任していることを否定するものではないというのであれば、本件は、法人税法一三二条一項(原判決にいう本件否認規定)にいう行為又は計算の否認のうち、計算否認ということになるが、私法上で拓郎らに帰属する本件報酬が何故に法人税法上で零となるのか、拓郎らが未成年者であるからか、就学中であるからか、外国にいたからかなど、その理由も、また、何故に二万円でも五万円でもないのか、その理由も判然としない。拓郎らは、本件各事業年度において、相当数の日数間、日本に滞在しているのであるから、拓郎らに対する本件報酬が否認される理由はなく、原判決の判断は、控訴会社が反証を提出する機会もないままにされた、一般論又は予断に基づくもので、被処分者の防御権を保護するという理由附記制度が本件では何ら役割を果たしていないことが明らかである。

(三) 差替後の更正理由の適否について

(1) 原判決は、拓郎らに本件報酬を支払うこと自体が不自然、かつ、不合理なものであるとすれば、その支払を否認すれば足り、必ずしも本件報酬が控訴人昭孝に帰属することまで認定する必要はないと判示して、本件否認規定を適用して、本件報酬の損金算入を否定しているが、本件否認規定は、私法上有効な取引であっても、これを容認すると、法人税の負担を不当に減少する結果となると認められる場合に、個別的な規定では処理できないときに適用の許される包括規定であるところ、過大な役員報酬については、非同族会社を含むすべての法人について共通の問題があり、規制すべき共通の必要性があるため、独立した個別的な規定として法人税法三四条一項が設けられているのであるから、過大な役員報酬の損金算入を否定する場合は、法人税法三四条一項の規定を適用すべきであって、本件否認規定を適用すべきではない。

(2) 法人税法三四条一項は、過大な役員報酬の判断基準として、法人税法施行令六九条二号の形式基準及び実質基準に従い判断すべきものであると規定しているところ、本件においては、前記のとおり形式基準によることはできないので、実質基準によるべきであるが、これによれば、拓郎らに対するそれぞれ月額二〇万円の本件報酬が実質的に過大なものか否かが検討されなければならないが、拓郎らが取締役として商法所定の責任を負わなければならない以上、その役員報酬を零とみることが適正であるなどという結論は出ないはずであるのに、原判決では、この点に対する判断が全く示されていない。

(3) 被控訴人新宿税務署長は、差替後の理由において、拓郎らの報酬を五万円でも二万円でもなく、零であるとした計算根拠の説明を行わなければならないところ、差替後の理由において説明され、若しくは、摘示され事実は、拓郎らが就学中の未成年者であり、取締役として控訴会社の経営に参画していないということのみであって、何故そのような判断に至ったのか、その説明は全くなく、かつ、これに関する資料の摘示も殆どなく、帳簿否認として、帳簿の記載以上に信憑力のある資料を摘示し、仮に評価否認としても、その事実の根拠について、更正処分庁の恣意の抑制及び相手方の不服申立ての便宜という理由附記制度の趣旨に適う程度に具体的に説明又は摘示するという必要があったにもかかわらず、これを行っていないというべきである。

(四) 本件否認規定の該当性について

(1) 本件否認の態様

原判決は、控訴会社程度の規模を有する株式会社において、年齢、就学状況及び居住状況等に照らして、実質的に経営に参画することがない拓郎らのような役員に報酬を支払うことは、その全額について、純経済人の行為として不合理、かつ、不自然であると判示する。

しかし、拓郎らは、控訴会社の親会社の過半数を超える株式を保有する株主として、子会社の経営権を左右できる権利と意思とを有しており、そのような立場において、取締役等として会社経営に関する適切な判断能力を有する者として、自ら株主総会において非常勤取締役等として選任したのである。株式会社の取締役は、株主総会において選任し得るのであって、控訴会社が拓郎らを取締役に選任するか否か、拓郎らが右選任に基づき取締役に就任するか否かは、専ら控訴会社の株主及び拓郎らの自由に決定し得る事柄であって、被控訴人新宿税務署長を含めた第三者が介入し得る問題ではない。

しかも、取締役に選任され、かつ、これを承諾したならば、商法二六六条の三などの法的責任及びその責任の対価を含めた報酬請求権が発生し、これが否定されることはあり得ないはずであるから、そのようにして選任された取締役に対する報酬の支払が否認される理由はない。

(2) 拓郎らの立場

原判決は、本件否認規定は、拓郎らの取締役等への就任、これに対する本件報酬の支払を私法上否認するものではなく、専ら経済的、実質的な観点から本件報酬の支払を法人税法との関係でのみ否認するものであるから、控訴会社の主張は失当であるというが、原判決の判断は、いわば「名義貸し」としての名目的取締役について妥当しても、本件のように大株主が自らの意思として選任した取締役については妥当しないばかりでなく、拓郎らは、非常勤役員であるから、海外からでも適切に常勤取締役の職務の執行を監督していれば、それがまさに拓郎らの職務の遂行になるのである。日本に帰国していた期間の多寡が役員であることを否定する理由となるはずがない。加えて、ある重要なポイントにおいて、取締役としての意見を述べる取締役も世上多々みられることは周知の事実であるところ、拓郎らは、取締役として金融機関及び取引先等に対する対外的な信用上の職務を全うしていたのである。原判決は、控訴会社の規模、同社の代表取締役である控訴人昭孝が拓郎らの父親であること、拓郎らが控訴人昭孝によって扶養されていることを理由に、拓郎らが常勤取締役の行動を監視することが不可能に近いことは優に推認することができるとも判示しているが、その推認の過程には、明らかな誤りがある。原判決では、そもそも控訴会社の規模について何ら言及がなく、単に控訴人昭孝が拓郎らの親権者であることを指摘するにとどまり、そのことから、原判決のように、拓郎らの取締役の監視義務の履行の不可能性を推定することは、「子は親に逆らえない」との一事をもって結論を導き出すものであって、到底合理的な推認ではない。

(3) 不当な結果の有無

仮に本件否認規定が適用されるとしても、控訴会社の昭和六二年一二月期における更正後の税額は、九億七一〇七万四七〇〇円であり、そのうち、増加した税額三〇二万四〇〇〇円の割合は、〇・三一パーセントを占めるにすぎず、同様に、昭和六三年一二月期における更正後の税額は、四億六〇八二万三二〇〇円であり、そのうち、増加した税額二七一万八七二〇円の割合は、〇.五九パーセントを占めるにすぎないのであるから、本件報酬の否認により増加した法人税は、一パーセントにも満たないものであって、本件は、本件否認規定にいう法人税の負担を不当に滅少する結果となると認められる場合ではなく、本件否認規定の適用を認めるのは誤っている。

(五) 関係書類の信用性について

(1) 原判決は、控訴会社提出の取締役会出席状況一覧表の記載に信用を措くことができないことを指摘しているが、控訴会社が処分庁の税務調査時に、拓郎らに対する本件報酬の支払に関する取締役会議事録の不存在等を指摘され、担当官からいわれるままに各種議事録を作成して提出したものであるから、そのような経緯で作成された議事録の内容に誤りがあっても、控訴会社がその責めを問われる理由はない。

(2) しかも、被控訴人新宿税務署長は、その職員をして、本件事業年度の税務調査に際し、報酬限度額に加え、現在支払がある分について当面の支給額としての決議があった旨の議事録が作成されるべきであるなどといった指導を行い、本件議事録が作成されたものである。そして、当面の支給額が法人税法上の支給限度額であるという全く独自の見解に基づく解釈を行い、本件更正処分に及んだものであり、そのような一連の行為は、被控訴人新宿税務署長が有する調査権に付随する裁量権の範囲を著しく逸脱したものである。

(3) 被控訴人新宿税務署長は、法令の違法な解釈を行い、しかも、その違法な解釈に基づく裁量権の逸脱により本件否認規定の該当性を作出させたものであり、この点においても、本件法人税処分は違法である。

(被控訴人新宿税務署長の主張)

(一) 本件更正理由の適否について

(1) 理由附記の程度

本件法人税処分は、帳簿否認ではなく、評価否認である。なお、別件訴訟は、更正通知書に、拓郎らが就学中の未成年者であり、取締役等として控訴会社の経営に参画していないこと、本件報酬の振込口座である拓郎らの普通預金は控訴人昭孝が支配管理していること、拓郎らの控訴人昭孝との続柄、生年月日、就学中の学年次、役員報酬額の記載がない事案で、別件判決を本件にあてはめることは妥当でない。

したがって、本件更正理由は、処分庁の恣意の抑制及び不服申立ての便宜という理由附記制度の趣旨、目的を充足する程度に具体的に明示されている限り、更正の理由附記として欠けるところはないというべきところ、更正する勘定科目及びその金額、拓郎らがいずれも米国の高校又は大学及び日本の中学に就学中の未成年者であり、取締役等として控訴会社の経営に参画していないこと、拓郎らに支払われた本件報酬の振込先である拓郎らの預金口座は控訴人昭孝が支配管理していること、法人税法上の役員報酬の支給限度額を超えていることなどが記載されているほか、これらの事実によれば、本件報酬が実質的には控訴人昭孝に対する報酬と認められ、法人税法上、損金に該当する役員報酬とは認められないとの法的評価の判断が行われたことも明示されていて、推論の過程と事実的根拠とが明らかにされているのであるから、不備はない。

控訴会社は、本件報酬に係る利益の帰属主体が控訴人昭孝であることを論じるだけでは不十分で、その帰属名目について論じなければならないと主張するが、本件更正理由には、本件報酬が実質的に控訴人昭孝に対する報酬と認められる旨の記載があるうえ、前記のとおり、拓郎らは就学中であり、取締役等として経営に参画していないことなどの記載があるのであって、被控訴人新宿税務署長が右の評価判断に至った判断過程を合理的に示しているから、控訴会社の主張は失当である。

控訴会社は、原判決が、経済的帰属説を一応の根拠を有する見解としたうえ、附記された理由の内容自体が不当、違法であると解されたとしても、理由附記に違法があることはならないと判示していることをもって、理由附記制度の趣旨を著しく没却するもので、到底是認し得ないとも主張するが、青色申告に係る更正について理由を附記しなければならないとしている趣旨、目的は、更正処分庁の判断の慎重、合理性を担保して、その恣意を抑制するとともに、更正の理由を相手方に知らせて不服申立ての便宜を与えるためであるところ、本件更正理由は、控訴人昭孝が拓郎らの父であり、控訴会社の代表取締役であったことを前提に、本件報酬が控訴人昭孝に帰属すると評価、判断したものであることを示しているのであるから、更正の理由附記として欠けるところはない。

また、控訴会社は、原判決が、ある会社の代表取締役が、生計を一にしている子女を当該会社の役員に選任したうえ、子女の役員報酬として実質的には自ら役員報酬を受領して所得分割を図るということは一般的な経験則としては十分に想定できるとして、これを本件法人税処分を適法とする理由の一つとして挙げるのは、課税回避行為の存在を経験則とする点で、その判断の過程に誤りがあると主張するが、原判決の判断は、経験則として何ら不自然、不合理なものではない。

(2) 反対資料の摘示

本件は、帳簿否認の場合ではなく、評価否認の場合であるから、その評価判断に至った過程を摘示すれば足りる。もっとも、評価否認の場合にも、更正処分庁の把握した事実を加えて異なる評価をするときは、その事実の根拠について、更正処分庁の恣意の抑制及び相手方の不服申立ての便宜という理由附記制度の趣旨に適う程度に、具体的に説明文は摘示をする必要があるが、本件更正理由に記載された控訴人昭孝が控訴会社の代表取締役であり、拓郎らの父親であることは、法人登記簿又は戸籍謄本等により確認可能な事実であるから、この点について資料を摘示する必要はない。拓郎らが就学中であることも、容易に確認可能な事実であって、拓郎らの生年月日及び学年次も、具体的に記載されているから、これらについて資料を摘示していなくても不当ではない。

また、米国の大学若しくは高校又は日本の中学で就学中の未成年者が営利法人の取締役として職務を遂行することは到底考え難いのであるから、拓郎らが取締役として控訴会社の経営に参画しないとの事実については推論の基礎となる事実の摘示が十分にあるものである。

拓郎らの預金口座については、取締役報酬の振込口座である拓郎ら名義の普通預金という記載で特定しており、控訴人昭孝の控訴会社における地位、拓郎らとの身分関係も摘示されているので、当該預金を控訴人昭孝が支配管理しているという事実についても、推論の基礎となる事実が摘示されているから、いずれにしても本件更正理由は適法である。

(3) 判断過程の記載

控訴会社は、当面の支給額を支給限度額とみることの当否を問題にするが、支給限度額を規定した法人税法施行令六九条二号の趣旨は、役員報酬の額が適正であるかどうかの判定には困難を伴うことから、その判断を第一次的に法人自らに委ね、法人自らが給付しないと決めた部分については、法人税法上もこれを損金に当たらないとすることにあるところ、当面の支給額が取締役会で決議されている以上、これを超えて役員報酬を支給するには、新たな決議が必要とされるはずであるから、取締役会における当面の支給額の決議は、同号にいう支給限度額に当たるというべきものである。仮に当面の支給額が支給限度額に当たらないとしても、本件更正理由には、理由附記制度の趣旨、目的を充足する程度に、具体的に明示されているから、その記載に不備はない。

(4) 附記理由の内容

原判決は、控訴人昭孝が拓郎らの預金口座の入金額を自己の財産として運用していた等の事実は認められず、本件報酬を自己の経済的利益として享受していた事実も認めることができないと判断しているが、その判断は、控訴人昭孝に対する六三年所得税処分の適法性についての判断にとどまり、本件更正理由の記載を違法としているわけではない。

(5) 更正理由の当否

控訴会社は、実質的に控訴人昭孝に帰属する本件報酬が支給限度額を超えているという判断は、二重の意味で誤っていると主張するが、附記された理由の内容自体が不当、違法であると解されるとしても、理由附記に課税庁が更正をするに至った過程と事実的根拠が明らかにされていれば、理由附記として違法ではない。

(二) 本件更正理由の差替えについて

(1) 差替えの可否

青色申告に対する更正の取消訴訟においても、総額主義及び白色申告に対する更正の場合においても異議決定や裁決には理由附記が要求されているにもかかわらず、一般的には理由の差替えが許されていることとの均衡などから、被処分者に格別の不利益を与える場合でない限り、理由の差替えは認められるべきものである。控訴会社は、本件控訴理由は違法であって、この瑕疵は治癒されることがないから、本件において理由の差替えという問題は生じないとも主張するが、本件更正理由に瑕疵はなく、理由の差替えが認められるべきものである。

(2) 課税要件の異同

本件更正理由は、拓郎らが就学中であり、取締役として経営に参画していないこと、拓郎らの振込口座を控訴人昭孝が支配管理していること、控訴人昭孝との続柄、生年月日、就学中の学年次、役員報酬額から、本件報酬は、控訴人昭孝に実質的に帰属し、当面の支給額が法人税法六九条二号所定の支給限度額に当たるから、本件報酬の全額を控訴人昭孝に対する報酬と認定するというものであるのに対し、本件訴訟において被控訴人新宿税務署長が主張する更正の根拠は、控訴会社が同族会社であることに加え、右事実から拓郎らに対して役員報酬を支払うことは、経済的、実質的な見地において、通常の経済人の行為として不合理、かつ、不自然なものと認められるということである。

本件更正理由と本件訴訟における更正の根拠との間には、事実的要件について共通性があり、理由の差替えによって控訴会社の防御に格別の不利益を与えるものではない。

しかも、本件更正理由において主張した経済的、実質的な観点からの評価否認とするか、本件訴訟において主張する同族会社の行為計算否認とするかによって、理由に附記すべき基本的事実、資料には相違がないから、理由の差替えが認められるべきものである。

(3) 防御権の保障

本件は、課税要件事実の基本的部分が共通であり、本件訴訟における争点は、原処分の理由附記の記載と同様、本件事業年度の全期間を通して大学生ないし中学生として海外等で就学中の拓郎らを取締役等に選任し、役員報酬を支払うという行為又は計算が経済的実質的見地において、通常の経済人の行為として不合理、かつ、不自然なものと認められるか否かという法的評価の問題であるから、訴訟上の防御活動に実質的な不利益を与えるものではない。

控訴会社は、差替後の理由が審査請求においても原審においても主たる争点になっていなかったと主張するが、控訴会社は、裁判所から拓郎らの業務参画について事実としての主張をするように解明を求められたのに、その主張をせず、更に、裁判所の求釈明に対して、拓郎らの業務参画について主張及び人証の予定はないと明示していたのであって、この点が争点となっていなかったという控訴会社の主張は失当である。

しかも、控訴会社は、本件における争点は拓郎らに対する報酬が税法上認められるか否かという点にあることを十分に熟知していることが明らかであるから、理由の差替えによって、防禦活動に実質的な不利益を受けるとはいえず、被控訴人新宿税務署長が本訴において理由の差替えをすることには、何ら問題がないというべきである。

(三) 差替後の更正理由の適否について

本件は、拓郎らの取締役等への就任及びこれに対する本件報酬の支払それ自体を否認するものではなく、経済的、実質的な観点から、本件報酬の支払を法人税法との関係においてのみ否認するものである。差替後の更正理由として適用を求める本件否認規定を「行為否認」と「計算否認」とに区分すれば、本件は、「計算否認」ということになるが、その課税要件は、要するに、法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるものがあるということであり、行為否認と計算否認との区分によって、本件否認規定の適用には影響を及ぼさないから、本件否認規定を行為否認と計算否認とに区分することは、何ら意味を持たない。

(四) 本件否認規定の該当性について

(1) 本件否認の態様

被控訴人新宿税務署長は、経済的実質的見地から、拓郎らに対する本件報酬の支払を純経済人として不合理、かつ、不自然なものであると判断して、本件否認規定を適用したものである。

(2) 拓郎らの立場

控訴会社は、拓郎らが控訴会社の経営に参画していたように主張するが、拓郎らの年齢、就学状況及び居住状況を前提に、その取締役会の出席状況を示す乙第六号証の一及び二には、海外出国中にも係わらず、控訴会社の取締役会に出席したように記載されていることを総合勘案すれば、拓郎らが実質的には控訴会社の経営に参画していなかったと判断することは、当然であり、控訴会社の主張は失当である。

また、控訴会社は、拓郎らは、過半数を超える大株主として、自らの判断力をもって同人等を取締役に選任したものであるなとと主張するが、本件否認規定は、専ら経済的、実質的な観点から、本件報酬の支払を法人税法との関係で否認するものであるから、控訴人らの右主張は失当である。控訴会社は、そのような判断は、名目的取締役について妥当するものであって、大株主が自らの意思として選任した取締役については妥当しないとも主張するが、名目的取締役であるか否かは、本件否認規定の適用に影響を及ぼすものでなく、右主張も失当である。控訴会社は、拓郎らが非常勤取締役として、その意見を述べること等で十分に職務を遂行していたとも主張するが、拓郎らが取締役として職務を遂行していたと認めるに足りる証拠はなく、控訴会社の規模、同社の代表取締役であった控訴人昭孝が拓郎らの父親であり、拓郎らを扶養していることを総合すれば、勉学の傍ら海外において控訴会社の状況を把握し、常勤取締役の行動を監視し、その業務執行の適正を図るようなことができないことは、経験則上も十分に推認されるから、その主張も失当である。

控訴会社は、本件以外で、未成年者の取締役就任を否認した更正処分を正当とした判決の前提としている事情は、いずれも私法上もいわゆる同族会社であり、規模も小規模であって、従業員も含め、家族経営の会社であるから、控訴会社のような会社を同じ法人税法上の同族会社として、同じ範疇のものとして判断することは当を得たものではないと主張するが、上場会社においては、代表者の子女で就学中の未成年者を取締役とするようなことは考えられず、法人の規模が大きくなればなるほど、就学中の未成年者が取締役の職責を果たすことができるとは到底考えられない。控訴会社において、拓郎らが控訴会社の業務に参画していたと主張するのであれば、書証あるいは拓郎らにより、その立証をすべきであり、控訴人昭孝による立証では的を射ない。

(3) 不当な結果の有無

本件否認規定は、同族会社が少数の株主ないし社員によって支配されているため、当該会社又はその関係者の税負担を不当に減少させるような行為又は計算が行われ易いことに鑑み、税負担の公平を維持するため、そのような行為や計算が行われた場合に、それを正常な行為や計算に引き直して更正又は決定を行う権限を税務署長に認めるものである。そして、法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるか否かは、専ら経済的な実質からみて、法人の行為又は計算が通常の経済人の行為として、不合理、かつ、不自然なものと認められるかどうかを基準として判断すべきものであって、増加した法人税額の多寡で判断するようなものではない。本件否認規定の適用の結果、法人税の増加が僅かであるとして、その適用が許されないという控訴会社の主張は失当である。

(五) 関係書類の信用性について

(1) 控訴会社は、控訴会社提出の取締役会出席状況一覧表について、その作成が被控訴人新宿税務署長の指示によるものであるとして、その信用性を否定した原判決を非難するが、税務調査において、右議事録等の提出がなければ、調査担当官がその不存在を指摘することは当然であっても、その記載内容まで指導し、作成させたということはない。

(2) また、被控訴人新宿税務署長が、その職員をして、本件事業年度の税務調査に際し、報酬限度額に加え、現在支払がある分について当面の支給額としての決議があった旨の議事録が作成されるべきであるなどといった指導を行ったということもない。

(3) 本件において、被控訴人新宿税務署長が有する調査権に付随する裁量権の範囲を著しく逸脱した旨の控訴会社の主張は失当である。

第三当裁判所の判断

一  本件各減額更正の取消しを求める控訴人昭孝の訴えの適否

1  当裁判所も、本件各減額更正の取消しを求める控訴人昭孝の訴えは、同控訴人に訴えの利益がなく、これを却下すべきであると判断する。その理由は、当審における主張に対する判断を次の2のとおり付加するほか、原判決の説示する「争点に対する判断」の「一」(原判決五六頁八行目から六三頁二行目まで)のとおりであるから、これを引用する。

2  控訴人昭孝の当審における主張に対する判断

控訴人昭孝は、源泉徴収による納税制度の趣旨に言及して、納付すべき税額に争いが生じている場合には、更正に係る納付所得税額が申告所得税額を下回るときも、源泉徴収制度の前提が失われるので、訴訟等による本来的な解決が認められるべきであると主張するが、控訴人昭孝の昭和六二年分及び昭和六三分の各所得税の更正の対象となっているのは、前記引用に係る原判決の判示するとおり、納付所得税額であるところ、本件各減額更正は、控訴人昭孝の申告に係る納付所得税額を減少させるものであって、同控訴人にその取消しによって回復すべき権利又は法律上の利益があると認めることはできないから、控訴人昭孝の主張を採用することはできない。

3  したがって、本件各減額更正の取消しを求める控訴人昭孝の訴えを却下した原判決は相当であって、控訴人昭孝の本件控訴は理由がない。

二  本件法人税処分の取消しを求める控訴会社の請求の当否

1  当裁判所も、本件法人税処分は適法に行われたものであるから、その取消しを求める控訴会社の請求は、これを棄却すべきであると判断する。その理由は、当審における主張に対する判断を次の2のとおり付加するほか、原判決の説示する「争点に対する判断」の「二」(原判決六三頁三行目から九一頁末行目まで)のとおりであるから、これを引用する。

2  控訴会社の当審における主張に対する判断

(一) 本件更正理由の適否について

(1) 理由附記の程度

控訴会社は、本件法人税処分が帳簿否認であることを前提に、本件更正理由の不備を主張するが、本件法人税処分が帳簿否認ではなく、評価否認であることは、前記引用に係る原判決の判示するとおりであるから、控訴会社の主張は、その前提において、採用することができない。

控訴会社は、別件訴訟においては、本件訴訟と同様の法人税の更正及び過少申告加算税賦課決定について帳簿否認であると判断されていると主張するが、本件と同様に拓郎らに対する報酬を控訴人昭孝の報酬とみて更正及び過少申告加算税賦課決定がされた別件(甲第一〇号証)においては、その更正通知書に、本件とは異なり、<1>拓郎らが就学中の未成年者であり、取締役等として控訴会社の経営に参画していないこと、<2>本件報酬の振込口座である拓郎らの普通預金は控訴人昭孝が支配管理していること、<3>取締役会で決議された当面の支給額を法人税法上の支給限度額とみるのが相当であることの記載がなく、その結果、拓郎らに対する報酬それ自体を否認し、これを控訴人昭孝の報酬とみる趣旨の記載にとどまっているのに対して、本件においては、別件とは異なり、本件更正理由に、右記載がされていて、拓郎らに対する本件報酬の支払それ自体を否認するのではなく、控訴会社が拓郎らに対して支払った本件報酬を控訴会社の損金として算入することを否認する趣旨であることが記載されているのである。

控訴会社は、別件と本件とを同列に論じるが、本件更正理由は、否認の対象となったのが、拓郎らに対する本件報酬の支払それ自体についてではなく、その支払を前提とした損金の算入についてであることを明らかにしているのであるから、本件は、帳簿否認の場合ではなく、評価否認の場合であって、本件が帳簿否認の場合であることを前提にする控訴会社の主張は、採用することができない。また、控訴会社は、本件報酬による経済的利益の帰属をもって本件報酬を控訴人昭孝の報酬と認めるのは不当で、本件報酬を控訴人昭孝の報酬と認めるには、本件報酬が法律的に控訴人昭孝に帰属していることを確定しなければならないようにも主張するが、帳簿否認の場合においては、本件報酬が法律的に控訴人昭孝に帰属することを確定する必要があるとしても、評価否認の場合においては、本件報酬が拓郎らに対する報酬として支払われたことを前提に、本件報酬を控訴会社の損金に算入することを否認するにとどまるのであるから、本件報酬が法律的に控訴人昭孝に帰属することを確定しなければならない必要はなく、本件報酬を控訴会社の損金として算入し得ない理由が附記されていれば足りるというべきである。

(2) 反対資料の摘示

控訴会社は、本件が帳簿否認の場合であることを前提に、本件更正理由には、反対資料の摘示がないとして、理由附記に関する違法があると主張するが、その前提において採用し得ないばかりでなく、本件更正理由には、前説示のとおりの理由が記載されているから、評価否認として、その根拠資料の摘示に欠けるところはないといべきである。

(3) 判断過程の記載

本件更正理由には、前説示のとおり、本件報酬が経済的実質において控訴人昭孝の報酬と評価し得るとしても、同控訴人に対する当面の支給額を超えるので、本件報酬は、過大な役員報酬として、控訴会社の損金として算入することは認められない旨の記載があるところ、控訴会社は、取締役会の決議は、法人税法施行令六九条二号にいう「定款の規定又は株主総会、社員総会若しくはこれらに準ずるものの決議」には「取締役会の決議」は含まれないから、取締役会において定めた当面の支給額を超えることを根拠として、法人税法三四条一項により、本件報酬を損金に算入することを否認することは許されないと主張するが、本件においては、被控訴人新宿税務署長は、本件法人税処分の理由を差し替えているのであるから、その差替えを是認し得る場合には、本件更正理由の右の記載の当否は問題とならないので、ここでの判断は要しない。

(4) 附記理由の内容

控訴会社は、本件報酬が振り込まれた預金口座の入金額を控訴人昭孝が自己の財産として運用していた等の事実は認められないとして、附記理由に記載された内容それ自体が違法であると主張するが、本件法人税処分は、本件報酬が法律的に控訴人昭孝の報酬であるとして、拓郎らに対する報酬であることを否認するものではないから、本件報酬が振り込まれた預金口座が拓郎らの名義を用いた控訴人昭孝本人の口座であること等を確定する必要はなく、控訴会社の主張は採用し得ない。

(5) 附記理由の当否

控訴会社は、本件更正理由には、本件報酬が控訴人昭孝の報酬であると認める旨の記載があることを前提に、その誤りを主張するが、本件更正理由は、前説示のとおり、本件報酬が法律的に控訴人昭孝の報酬であるとまで認めているわけではなく、この点に関する主張は失当というほかはない。なお、法人税法にいう支給限度額との関係に言及する部分は、前説示のとおり、理由の差替えの是非に帰する問題であるから、ここでの判断は要しない。

(二) 本件更正理由の差替えについて

(1) 差替えの可否

控訴会社は、理由附記制度の趣旨に言及して、一般的に理由の差替えは認められるべきではないと主張するが、その可否は、原処分に附記された理由と訴訟に至って主張されている理由との異同によって、理由附記制度の趣旨が没却されるような結果となるか否かなどを考慮して検討すべき問題であって、一般的に論ずべき問題ではないから、控訴会社の主張は直ちに採用することはできない。なお、控訴会社は、仮に理由の差替えが認められるとしても、本件においては、理由附記それ自体が違法であるから、理由の差替えは許されないとも主張するが、前説示したとおり、本件更正理由の記載それ自体が違法であるとまではいえないから、その主張も採用し得ない。

(2) 課税要件の異同

本件更正理由では、拓郎らに対する本件報酬が、経済的実質において、控訴人昭孝の報酬であると認められることを前提に、同控訴人に対する報酬の支給限度額を超えること、すなわち、法人税法三四条一項が適用されることを否認の根拠としていたのに対して、本件訴訟における主張では、法人税法一三二条一項、すなわち、本件否認規定が適用されることを根拠としているところ、そのいずれにおいても、控訴会社が拓郎らに対して本件報酬を支払っていることを前提に、拓郎らが米国の高校又は大学及び日本の中学に就学中の未成年者であり、取締役等として控訴会社の経営に参画していないことを理由として、本件更正理由では、本件報酬の振込先である拓郎らの預金口座は控訴人昭孝が支配管理していること、法人税法上の役員報酬の支給限度額を超えていることに着目し、法人税法三四条一項を根拠として、損金に算入することを否認しているのに対して、本件訴訟では、拓郎らに対する本件報酬の支払が通常の経済人の行為として不合理、かつ、不自然であることに着目し、本件否認規定を根拠に損金に算入することを否認しているにすぎず、その主要な事実は共通するのであって、このような理由の差替えは、本件法人税処分の取消しを求めている控訴会社に対し、その防御の機会を奪うような場合であれば格別、そうでない限り、許されるというべきである。

(3) 防御権の保障

しかるところ、控訴会社は、本件において理由の差替えが認められると、控訴会社に著しい防御上の不利益を与えると主張するが、理由の差替えの前後において専ら問題となるのは、要するに、拓郎らに対して本件報酬を支払ったことに実質が伴っているか否かであって、控訴会社において、拓郎らを証人として尋問するなどして(なお、拓郎らは、控訴会社の取締役等としてその経営に参画していたというのが控訴会社の主張であるから、その年齢にもかかわらず、拓郎らが控訴会社の取締役等としてどのような関与をしていたのかを自ら証言することは可能であったはずである。)、防御に当たることができたことは明らかであるから、控訴会社の主張は採用の限りでない。

(三) 差替後の更正理由の適否について

前説示したところによれば、本件は、理由の差替えが認められるべき事案であるから、本件法人税処分の当否は、本件訴訟において差し替えられた本件否認規定の適用の有無によって決せられるべきところ、控訴会社は、過大な役員報酬については、法人税法三四条一項を適用すべきものであって、本件否認規定を適用すべきものではないと主張するが、そのような一般論を採用することはできないので、要は、次の本件否認規定の該当性に帰する問題であるといわなければならない。

(四) 本件否認規定の該当性について

(1) 本件否認の態様

控訴会社は、控訴会社が拓郎らを取締役に選任するか否か、拓郎らがその選任に基づき取締役に就任するか否かは、控訴会社の株主及び拓郎らの自由に決定し得る事柄であって、被控訴人新宿税務署長を含めた第三者が介入し得る問題ではなく、拓郎らが取締役に選任され、これを承諾したならば、商法二六六条の三などの法的責任を負うことも理由に、拓郎らに対する本件報酬の支払が否認されるべきではないと主張するが、本件は、前説示のとおり、拓郎らに対する本件報酬の支払それ自体を否認するものではないから、控訴会社の主張は失当というほかはない。

(2) 拓郎らの立場

控訴会社は、拓郎らが、控訴会社の非常勤役員として、その職務を全うしていたなどと主張するが、拓郎らが就学中であったこと、その学年次、就学の場所などに鑑みれば、原判決の判示するとおり、拓郎らが非常勤役員としてであっても、控訴会社の取締役等の職務を全うするのは困難な状況にあったと推認されるところ、拓郎らが、控訴会社の経営について、また、懸案事項について、具体的にどのような意見を持ち、対処していたのかを明らかにする証拠はなく、右推認を覆し、拓郎らが控訴会社の職務を実際に全うしていたなどと認めることはできない。

(3) 不当な結果の有無

控訴会社は、仮に本件否認規定の適否が問題となるとしても、その適用により控訴会社の納付すべき法人税の増額分は、一パーセントにも満たないとして、法人税の負担を不当に減少する結果となると認められる場合ではないから、本件否認規定の適用を認めるのは誤っていると主張するが、本件否認規定は、その適用の結果として実際に増額する法人税が僅少であれば、課税回避の措置を講じても、これを容認する趣旨で規定されているとは解されず、課税回避の措置が不当であれば、実際に増額する法人税が僅少であっても、税負担の公正を図る見地からみても、法人税の負担を不当に減少する結果となったといわざるを得ないのであって、控訴会社の主張は失当というほかない。

(五) 関係書類の信用性について

控訴会社は、更に、控訴会社提出の取締役会出席状況一覧表あるいは取締役会議事録の作成に関連して、被控訴人新宿税務署長が、法令の違法な解釈を行い、その違法な解釈に基づく裁量権の逸脱により本件否認規定の該当性を作出させたと主張するが、その主張を認めるに足りる証拠はなく、採用の限りでない。

3  したがって、本件法人税処分の取消しを求める控訴会社の請求を棄却した原判決は相当であって、控訴会社の本件控訴は理由がない。

三  よって、控訴人らの本件控訴をいずれも棄却することとし、控訴費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六七条、六一条、六五条を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結日 平成九年一〇月二八日)

(裁判長裁判官 清水利亮 裁判官 佐藤陽一 裁判官滝澤孝臣は、転補のため、署名押印することができない。裁判長裁判官 清水利亮)

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